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おぼえておきたいこと わすれちゃいけないこと

 
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小脳梗塞は、全脳梗塞の4%程度だという。小脳梗塞は経過がよいことが多く、症状もすみやかに消失して後遺症を残さないことも多いのですが、もし、血栓が飛んだのが別のところなら、生きていなかった可能性もある。こうして、大した後遺症もなく、早期に退院できたのは、奇跡に近いと思い、誰かのいつかに役立つ事を願って、入院記録をまとめました。(あんまり役には立たないかもしれませんが、何かの参考になってくれたらいいですね)入院当日のみ、わかるかぎり時系列で書いてみましたが、さすがに入院までの間は飛んでる箇所ありで、すみません。

小脳梗塞 入院記録 1日目
小脳梗塞 入院記録 2日目
小脳梗塞 入院記録 3日目
小脳梗塞 入院記録 4日目
小脳梗塞 入院記録 5日目
小脳梗塞 入院記録 6日目
小脳梗塞 入院記録 7日目
小脳梗塞 入院記録 8日目
小脳梗塞 入院記録 9日目

かたつむりの化粧品
(画像は、相方に頼んだ化粧品が、かたつむり配合の化粧品だったこと)


8年前ほど前に、昔勤めていた会社で初めて定期検診なるものを受けた。それまでは、パートにまで検診を義務にしているところはなく、個人で自費で受けなきゃいけないため受けずにいた。

そこで、不整脈の期外収縮を指摘され、精密検査を受けるようになった。精密検査を受けた総合病院では、ホルター心電図を1日付け、その際、心房細動の発作が見つかった。

私自身、期外収縮と心房細動の違いが未だによくわかってないですが、長嶋監督は、心房細動の発作により、血栓が飛び脳梗塞になった。心房細動は、血栓を飛ばしやすい状態だということは理解し、薬の投与を勧められました。04年の投与薬リスモダン(不整脈の薬)。その後、通うのが面倒で、別の医院にかかることになるのですが、そこでの投与薬サンリズム(不整脈の薬)。それも面倒で、若いし、しばらく大丈夫だろうと慢心していたのでした。

実は、2011年の年末、似たような症状で緊急で病院に診てもらいました。その時は、くしゃみとともにめまいがし、立っていられなくなった。目がまわって片手の自由がきかなくなった。飲みのもを飲もうとするが、よく飲み込めなかった

当時、血圧を測ったら150超えで明らかに高血圧だろうということで、血圧からくるものか?と思っていたのですが、こういう症状に詳しい娘むこさんが、MRIで頭の中をみてもらった方がいいという。
当時は、年末年始ということもあり、血圧を安定させる薬をもらい、お正月もおとなしくしてました。お正月明けにはすっかり症状も安定し、血圧も安定し、病院では採血・レントゲン・心電図どまりでMRIは撮りませんでした。

今回、医者に行って、真っ先に原因がわかったのがMRI。前の影もすぐに見つかり、その時も軽い小脳梗塞の症状だったのが今になってわかります。

ともかく立てないような目眩と、体の不自由さを感じたら、躊躇することなく救急車を呼ばれる事をおすすめします。それが心配な事か、救急車を読ぶほどのレベルかは、考える暇なく呼んでほしいと思います。

わたしは本当に運がよかっただけ。最後まで意識がはっきりしていたということは症状が軽かったのかもしれませんが、入院するつもりではなく、できるだけあがいていた。その気力が良かったのかもと思ってます。

人間の生命力ってすごいですね。やりたい事があれば、死ねない状況なら、奇跡の生還で後遺症もなく退院する事ができた。変な意味じゃなく、純粋に生かされてると思います。ありがとう。

長々と雑然とした記録でしたが、読んでくださってありがとうございました。
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9日目 朝食

9日目朝食。退院フラグなのか、この日は血圧さえ測ってもらえなくて「お変わりないですよね」で終了。


9時過ぎに栄養指導。一応、高血圧にならないよう、塩分摂取を控えるそうで、どんな料理をしたらいいか、具体的にアドバイスされる。しょうゆ・みそでなくても、塩分の低い調味料は他にもあるので、いろいろさがしてみよう。
・汁物は具沢山で、汁は少なめ。
・麺類の汁を残すと、2.0g減
・漬物・塩蔵物(めんたいことか)は極力減らす
・かける醤油はだし醤油や、ポン酢で塩分減らす
・1回ごとの食事のバランスを考える。

その後、リハビリ。それが終わると、初めて入浴許可が下りた!入浴の係の人が呼びに来て、たぶん、時間からいって、一番風呂っぽい。まだ使ってない感たっぷりの浴槽にひとりゆくり入る事ができた。
ここのお風呂は介護の人も一緒に入れるように大きめに作ってあるのか、ちょっとしたペンションサイズで4~5人ほど入れる大きさで、手足を伸ばすことができてよかった。気持ちよかった!
入浴後も、リハビリが入り、あっというまのお昼。

9日目 お昼
入院して初めて麺類が出た。2週間に一度、麺類が出るらしいが、多分最後のお昼で、麺類に出くわすとはラッキー。しかも、ごぼうがたくさんで美味しかった。

午後もリハビリが入るが・・・リハビリの先生は何も聞いてないらしく、もしかしたら今日退院かもしれないから、と一応ご挨拶だけはしてきたけど、最後の先生は、なかなか信じてもらえらなった。
この時間で、何もないということなそういうことなのかな・・・と不安になる。

夕方、先生と面談のはずが、先生に手術が入り、時間がのびのびになる。その感、相方とずっと待ち。そこに身内も偶然見舞いに来るが、「今からの時間で退院はないよ」と一括されてしまう。やっぱりないのか、不安になる。もう、退院するつもりで、おおかた荷物もまとめたし、それを誰も何も言わないし、明らかに先生しだいで退院だなと踏んでたんだけど。。

かなり待ったあと、先生に呼ばれ、相方と検査結果を聞きに行く。梗塞の部分はまだ影になっているが、主だった麻痺はないこと、血圧ほか状況も安定してること、リハビリの結果日常生活に支障がない結論が出たこと、以上を踏まえて、入院する必要がなくなったということで。

「今日退院しますか?明日しますか?」
「もちろん!今日で!」

それからすぐに、先生に処方箋を書いてもらう。ワーファリンは想像していた影響力がなかったみたいで、新薬の投与をすすめられる。それの処方と薬が出るのを待って退院。流石にこの時間なので、会計はしまっていて後日精算になるが、もう帰る気満々で、退院準備はすぐにでも。

お向かいと、おとなりに退院する事を告げ、ついでにテレビカードをお世話になった品としてそれぞれに渡す。(さっき身内が見舞いに来たとき、テレビカードの精算機あるよと教えられたが、最初からお世話になった同室の人に譲るつもりでいたのさ)

薬が来ると同時に、薬局の人から薬の説明を受け、看護師さんから夕飯がいらないのを念を押され確認され、いよいよ退院。普通の服に着替え、普通の靴を履いて退院。思えばあっというま。治ってよかった!ナースステーションに一声かけるが、夕飯前の忙しい時間で、あっさりとした対応で退院。ま、いいか。

相方の車に乗り込み、車中でシガレットから携帯に充電しつつ、必要なところに退院した旨を告げ、一軒は通り道なので顔を出して退院のお礼を告げる。
退院したら、食べたいものがたくさん!美味しいデザートが食べたい。生魚が食べたい、麺類が食べたい。まあ、とりあえず、今日は御祝でお寿司しかなということで、途中でお寿司とデザートを買って帰宅。当然、醤油は減塩で!速攻減塩醤油を買いました!

やっぱり自宅はいいです!ひさしぶりの猫にもふもふして、自分の布団で静かに寝れる幸せ。
 
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昨日も騒動あったのに、この日も夜中にエアコンが効かなくなり、向かいの人が暑がってナースコールで呼ぶという出来事が。お向かいさんは夜中になると、具合悪くなる。もともと欝持ちらしいけど、夜中になると不安になるのかな?昼間はいたって元気だし、子や孫や必ず毎日見舞いに来てて賑やかなんだけど。夜中にナースコールで看護師を呼び、具合悪くて「わたし死ぬのかな」と泣いていた。そうか。普通は死ぬの怖いよな。

わたしは、いつか血栓飛んで死ぬこともあると悟ってから、意外といつでも死ねる覚悟だけはできてた気がするけど、実際は、今はライブもあるし、応援してる人もいるから今は死ねないなと思ってた。生への執着ってほんと人それぞれ。今の自分が、ライブがなくて応援してる人もいなかったら、もっと悪い結果になっていたかもしれないと、ふと考えた。ほんとリアルタイムで生への執着がありすぎてよかった。

20120918-1
牛乳があるので、これは朝食。流石にお向かいさんは、食欲がなかったみたいだけど、薬のために飲まない訳にはいかないみたい。

わたしも点滴が少なくなったと同時に、投薬が始まった。ワーファリン。これは血栓をできなくする薬で、よくだされる薬だけど、血が止まりにくくなる副作用がある。あと、納豆や青汁等が食べれなくなる。薬の効果がなくなるらしい。

今日は、リハビリの先生がいつもの先生ではなく、若いイケメン男子。普通はここで喜ぶんでしょうが、悲しいかなイケメン基準じゃないので、なんとも。イケメンに優しく腰を補助されて「あへ♪」ともならなくて、ひたすらリハビリがんばる。といいつつも、あっさり課題をクリアしてしまい、他の時間をイケメンとの雑談タイムに。ここで普通は「イケメンのリハビリ先生とお話できて、よかったわ♪」となるのでしょうが…。イケメン先生の、(ボク年配女子には人気があるんですよオーラ)を感じ取ってしまい、無難にやりすごす。ああ、女の子の方が気を使わなくていいわ。

8日目お昼
フルーツがあるので、これはお昼。

ヘリコプター

この日はヘリコプターに遭遇。巷では中国の問題とかもあり、このまま暴動が悪化すれば、新潟空港も帰国者とかで騒がしくなるのかなと。まあ、連休ということもあり、飛行機の出入りははげしかったけど。

午後から薬剤師の説明があり、ワーファリンの扱いをなおも説明される。その後、最後の点滴がとれ、それを見計らった時間にもう一度、MRIの検査。前は40分くらいかかったのに、この日は20分くらいで終わる。しかも夕飯前ということで、お腹が減って途中で気持ち悪くなるが、気持ち悪い時に押す緊急ボタンが見当たらず、必死に耐える。

8日目 夕食
8日目夕飯。
看護師さんに、「点滴がとれてMRI検査が終わって、明日先生との面談があるとすれば、明日退院できますか?」と、打診してみる。看護師さんも「ご主人さんもご都合はいかが?明日と明後日ならどっちがいい?」と聞いてくる。「もちろん、明日で!明後日だとまた休んでになると思うんで」と明日退院押しで。
確かに、微妙に筋肉も落ちてるし、呂律も完璧じゃないんだけど、日常生活にあまり支障がない。
なんとか、明日退院を願うが、いざ退院かと思うと興奮して寝れなかったりする。

 
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この日の夜中というか、明け方というか、他の部屋の患者(おじいちゃん)が部屋に入ってくる事件があり、特に実害は何もなかったんですが、脳神経外科ということもあり、そういう脳をやられた人の行動は怖いと。まあ、奇声はたまにあったり、同じ言葉を繰り返す人もいるみたいだけど、お互い様と思い、今まで深く考えない事にしていた。

生きのびるということは、かっこいい事ではなく、誰がいつどんな状態になるかは全くわからない。ぽっくり後遺症なく死んでいけたら、一番幸せだろうし、わたしも常常、相方に「ぽっくり逝きたいね」と伝えてあるが…。入院してる人全員、望んで入院してる訳ではなく、望んで後遺症がある訳でなく、後遺症少なく、快方にむかえるのは、単なる運かもしれないと思う。

7日目 朝食
牛乳がついてるので、これは朝食。
変な人乱入事件で、となりの人と雑談で盛り上がる。となりの人は、ちょっと訳ありみたいで、お見舞い客もめったに来なく、子供さんもいるみたいですが、見舞いにも来ずの人なんですが。実は話したい事がたくさんあったみたいで、堰を切ったように身の上話をされる。聞いて欲しかったんだろうな、辛かったんろうな。と思う。見舞い客がなくても、そういう人にも、看護師さんは配慮してくれるけれど、それだけじゃ、なかなか愚痴まで言えないんだろうな。

飛行機
入院患者(わたしだけか?)の唯一の楽しみ、飛行機鑑賞。この日は、滑走路をUターンするところに偶然出くわし、ズームしまっくって一枚。この近さ、退屈しません!

7日目お昼
フルーツがついてるので、これはお昼。この日は五穀米か、色付きのご飯で、美味しかった。でも、おかずは何故かさんまの塩焼き。さんまだったら白米がよかったかも。献立微妙です。

展望室へ
この日の午後、安静解除が解かれ、院内どこでも移動が自力でできる事になる。この病院の最上階に、展望室がある事を聞いて行ってみた。椅子が置かれて、自由に行動できる人のたまり場になっていて、特にする事がなくそのまま退散。同じく、売店にも行ってみるが、この日が休日という事もあり、早くにしまってた。

7日目夕飯
安静解除になっても、特に何もすることがなく、夕飯。お昼が美味しかったこともあり、夕飯の煮た菜っ葉の味に凹む。なかなか口にあわない。

何日もベッドの上で生活してたからか、一気に筋力が落ちたのを実感する。なるべく歩き回って体力回復したいけど、とくになにもなく一日が過ぎる。
 
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入院6日目。世間でいう連休なんですが、ここは関係なく起床
6日目の朝

元気になればなるほど、9時消灯の8時間睡眠で6時前には目が覚める。それでなくても寝てるもの飽きたし、寝てばかりでも疲れるし、正直、病院はナースコールやら、人の出入りが多くて安眠できない


6日目 朝食
牛乳がついてるから朝食。味噌汁は半量。

この日、点滴が一本終了して、ポタコールとヘパリンのみになる。点滴が外れないと、お風呂に入れないのだが、そろそろ頭が臭くなって自分でも嫌だ。拭き取りシートじゃどうにもならないレベルまで達している。

6日目昼食
フルーツがついてきてるので、これは昼食。連休のためか、日曜のためか、リハビリの先生が2人も休みで暇。

6日目夕飯
基本暇なんで、あっというまに夕飯になる。で、味気ない献立。
食べれるのも、元気になるのも嬉しいけど。これだけが楽しみで、これだけ?だとがっかりする。あとは寝るだけ。

この日は日曜日だったという事もあり、やっと息子が病室に見舞いに来てくれた。ここらへん、男女・年齢・個人差あるんでしょうが、若い男子だと、母親の入院なんて、わざわざ行くもんだと思ってないのかもしれない。しかも、普段は「死んでくれ」レベルに嫌われてるとすれば、これをきっかけで本当に死んでくれないかなとぐらい思っていたかもしれない。悲しいかな。本当に死んだら困るというのを実感してくれればいいだけど、1週間~10日くらいじゃ、なんとかなるくらいにしか思われなかったかも。息子には悪いけど、もう少し生き延びてみるよ。




 
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青空

入院5日目。空を見上げるだけの毎日。毎日天気がよくてよかった

5日目 朝食
牛乳が出てるから、朝食。ホルターの時から大小の時間とか回数とかメモってるけど、人間、食べて出す生き物。綺麗事だけじゃ生きられないんだよな。としみじみ。

船が通ってた
食べて寝るだけではなくて、その間にリハビリがあったり、点滴交換があったり。それでも基本、比較的元気なんでたいくつだな。家に帰れば、せめて携帯さわれれば、やることあるのに。携帯は、充電器が思うように接続しなくって、充電する事はあきらめた。

点滴
点滴も、とうとう刺すところがみつからなくなって、こんなところへ。これでダメなら左右に点滴針を刺すことになる。不便。

5日目お昼
フルーツがあるんで、これはお昼。日によって献立の差異がすごいんですが。これだけを楽しみにしてるんで、せめて食事は美味しくありたい。

山形のぶどう

この日、娘の嫁ぎ先のご実家からお見舞いをいただく。山形のぶどう。食べられないのが辛い。。

今日から、作業療法センターでのリハビリ。色んな病気や怪我の人が懸命にリハビリしてるのに、わたしはこんなに麻痺が軽くて申し訳ない気分になる。簡単なゲームっぽいのをして、意識と手先の関連性を見てみたり、なんかいろんなことをしたな。リハビリでは、症状によって、その人の日常で困りそうな事を具体的にフォローするのが目的なようで、台所からパソコンまで、ありとあらゆる道具がそろっていて、実際にやってみて、具体的にできない箇所をこうやっていきましょう的アドバイスをされるようだ。

5日目夕飯

5日目夕飯。この夕飯をはさみ、身内がだれかは見舞いに来てくれるんですが、そうじゃない時間は、ひとり黙々とテレビを見ながらの食事。同室の年配女性2人とは、事あれば話をするようになったけど、あまり親しくなると一緒にいるもの24時間なんで、なるべく距離を置いたままにしたいのが正直なところ。
お向かいの女性は、何度も入院した事があり、当時親しくなった人の事を懐かしそうに話すが…。それは色んなタイミングと縁がなければなかなかできないよね。わたしにそれを求められても困るかも。

 
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行きたかったライブには行けそうもない。あとは早く養生して早く退院するまでと腹をくくった入院4日目。

4日目 朝食
牛乳が出るから、朝食。ほかにやることないので、これでも楽しみ。

飛行機
唯一の楽しみは、そとの景色が飽きないということ。
こんなに空を眺めたことは最近なかったと思うほど、一刻と変化する空を眺めてた。たまに飛行機の音がすると、あわててシャッターを押すが、やっと成功してこの程度。

差額ベッド
この日は、何故かワックスがけの日だったらしく、入院患者がいるにも関わらず、ベッドごと廊下などに移動して、部屋のワックスがけをやっていた。わたしは、空いてた特別室に移動。一人部屋で、快適そうだけど、景色は勝った!
4日目お昼
フルーツがつくので、お昼。この日の鮭がおいしくて。このメニューは今後の参考になります。

差し入れのブーケ
この日は、会社の上司の方々から差し入れとお見舞いを頂いた。
夫の説明がどんなだったかは知らないが、よほど重病だと思われたんだが、見舞いに来る前に、見舞いに行ってもいいか、確認の電話があったほどだった。呂律はまだまだでしたが、びっくりするほど麻痺もなく、安心して替えられた様子。というか、スタッフの方からのお見舞いメッセージのニュアンスが、わたしが再起できない、仕事復帰できない、つまりもうさようなら的受け止め方をされてるのに驚き。退院したらすぐ復帰したいんですが…

4日目 夕飯
4日目 夕飯。昼に比べて味気ないこと。
入院後、すぐにリハビリの計画も立てられて
PT(理学療法)、OT(作業療法)、ST(言語療法)と、3人のリハビリ訓練師がつくことに。昨日まではは安静でしたので、リハビリもベッドの上で。3つのリハビリとも、若い女の子の先生なんで、ちがいがよくわかりません。




 
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入院3日目の字
ホルター心電図のために行動記録メモをとるのだが、なんとか読める?字が書けるようになってきた。この前から自分用にメモはとってたが、早い段階で字を書こうという意識が良かったのかもしれない。

3日目 朝食
3日目朝食。牛乳がついてるから朝食。味噌汁は半量、しかもあられ麸ひとつってさみしですね。

飛行機
病院の近くに空港があるのですが、いつも音がしてからカメラを向けても遅くって、なかなか飛行機をおさめることができない。日に日に元気になってきて、その分日に日に暇です。
たまにお見舞いが来ると、それだけでテンションあがって元気になる。お見舞いに行く立場だと、いろいろ考えてお見舞いはいつ行こうとかあるかもしれないけど、身内で気を使わないひとなら、どんどんお見舞いに行ってあげた方がいいです。入院中は、基本<暇>です。

3日目 昼食
3日目 昼食。デザートか果物がでるのでお昼。基本メインは魚が多いか。今後の参考にしなきゃ。
午後、ホルター心電図がはずれ、あまりの元気さに自力でトイレに行くことを許可される。

ライブには行けません
それでも点滴は24時間。元気になったのも点滴のおかげと思いつつ、新しい点滴の針に9月15日まで使用可のサインが入れられる。9月15日は行きたいライブがあったのにな。どうしてもどうしても無理なんだなと、やっと納得する。逆を言えば、なんとか頑張って治せば、元気になれば、奇跡の退院とかないかなと必死に考えていた。

3日目 夕飯

3日目夕飯。家の事は心配だけど、娘夫婦が協力的なので、少し力を借りて夫とお互い負担がないように、きりもりしてもらう事にする。長男も洗濯をやってくれたりするそうだ。
ここまで来ると、すっかり諦めて潔く入院しようと、娘にTwitterへの書き込みを頼むが「Twitter使わないからわからない」とのたまう。やり方を教えて、書き込みをしてもらい、ライブは諦める。今回は、色んな人に声もかけたし、チケット譲ったりしたんで、どうしても行きたかったのにな。悔しい。これは早く治して次のライブまでには復活するぞ!
 
12
 
病院二日目の朝
入院2日目の朝。6時起床で、4人部屋のカーテンが開けられる
点滴ポタコール。ヘパリンは24時間。と、もう一本30分くらいの短いのがあったが、それやると眠りこけて薬名不明。
点滴が効いたせいか、昨日より全然楽。今にも帰れそうなレベル。
2日目朝食
7時過ぎに朝食。朝は必ず牛乳が出た。

心臓の検査のために24時間ホルター心電図をつける。
8年前はタバコサイズだったのに、今は万歩計サイズ。技術の進歩を感じます
娘夫婦、朝の面会時間から来て、娘はこの日一日付き添ってくれた。

2日目 昼食
昼食は12時すぎ。必ずデザートか果物が出された。食事制限されてるので、これが嬉しい。

外の景色 border=
点滴以外、安静なので、特にする事もなく。娘の付き添いも特になにもなく。トイレは車椅子を使って看護師につきそってもらって車椅子専用トイレまで。終わったら、トイレの中にあるブザーで呼び出して車椅子で部屋へ戻る。
4人部屋に年配ご婦人2人いるが、特に話する訳ではなくこの日は過ぎる。
それでも面会客との会話で、なんとなく事情は察知できるもんです。

2日目 夕食
2日目夕飯。塩分制限されてるため、味気ない食事です。
夕方、入れ違うように夫が来て、昨日なくて不自由だったものを持ってきてくれた。

あると便利なもの
入院時必要なものは、その病院によって違うでしょうが
わたしが入院時に便利だったもの。

・クレンジングシート(左)
これを夫に伝えるが、理解してもらえず買ってきたのが真ん中と右。
化粧したまま入院した時は、まずこれを使えばほっとします。

・ふきとりシート(中・右)
夫が間違って買ってきましたが、結局点滴がはずれるまで入浴禁止でしたので役立ちました。匂い付き匂いなしはお好みで。

・パンティライナー(画像なし)
生々しいお話ですが、女子でオムツとかでなかったらほしい物。下着を他の人に洗ってもらう際も恥ずかしさが軽減されます。できれば、同性に差し入れしてほしいですね。お月のものがありそうなら、それも同時にかな。

・MP3プレーヤー
部屋の中は携帯禁止なので。今時携帯やスマホで音楽を保存している人も多いですが、こういう時に別に保存しててよかったと思いました。MP3はラジオ内蔵の場合も多いので、何かと役立ちましたよ。



 
11
 
■8時30分頃
いつものように会社に行く支度をする時間。
テレビを消して立ち上がろうとした瞬間、立ちくらみがして膝が崩れた。
いつもより激しいめまい。立てない。これはただ事ではないとしばし横になる
この時点で、すでに今から支度しても会社には遅れるだろうと思う
■9時すぎ
会社に連絡を入れ、具合悪いので休ませてほしい旨を伝える。
目眩はおさまることなく、これは病院に行かないとヤバイと悟る。
どこに行けばいいか、ネットを開くが文字が打てない。
明らかに貧血とかじゃなく、神経か脳だ
じゃあ、脳神経か。最寄りの脳神経外科の場所を確認し、しばし横になる
■10時すぎ
なんとか気力で立てるようになり、軽くシャワーを済ませ、メイクもし
自力で個人医院に車を運転してむかう。
■11時前
脳神経外科に到着。ここで看護師さんに「はじめてなんですが」と言おうとするも呂律がまわらない事に初めて気づいた。初めての人の問診票をもらうが
全く字が思うように書けない。「すみません、書けないんですが」と断りを入れたが、看護師さんは慣れたようで、口頭でいくつか確認してなんとかなった
■12時前
初診なんで、少し時間かかったが、先生に状況を説明する
私「立とうとしたら、すごいめまいで立てなくなって」
先生「めまいはどんなかんじでしたか?」
私「こう、∂∂∂←下へ叩きつけられるようなジェスチャー」
先生「すぐ検査しまんでお待ちください」
■12時すぎくらい
血圧上が150台、下は忘れた。初のMRI。金属類をはずし台に横になる
閉所恐怖症とかでないですよね。と確認される。頭をしっかり固定され検査。
部屋の中のBGMもかすかに聞こえる。そこに打ち込み系の音っぽいのもの連続。途中、工事現場に突入したが、耐えられるほどの騒音でした。
■13時少し前
検査結果は、割とすぐに出て、先生に呼ばれる
MRI
先生「ここに白い影があるでしょ。その上は前のものだね」
私「確かに、暮れに具合悪くしまして、緊急で見てもらいました」
先生「その時はMRIとらなかったのか?」
私「緊急だったので、血圧を安定させる薬をもらって、
 見てもらったのは正月すぎなんで、その頃には落ち着いてまして」
先生「これは、小脳梗塞ですね。心臓とか悪くないですか?」
私「8年ぐらい前に、不整脈から心房細動が見つかりまして。今、薬飲んでないんですが…」
先生「入院をおすすめします。今から紹介状を書くのでそちらの病院で詳しく検査してください」

私「入院!!ですか!!!」

私としては、その時は目眩のひどいの、
もしくは血管が一本くらいどうかなってたくらいの軽い気持ちでいて
全く入院は眼中にありませんでした。薬をもらって、少しおとなしくして
週末のライブにひかえよう、そんなぐらいの気持ちでした。

私「どうしても入院ですか!?なんとかなりませんか?」
先生「この状態でお帰しする訳にいきません。紹介先で聞いてください」
私「そんなー。まさか、入院なんて・・・」
先生「すぐに身内の方を読んでください」

どうも、わたしの状況は救急車を呼ぶレベルだったらしく
自力で運転してきた事を告げると驚かれ、身内の人に運転してもらうよう言われた。夫に状況を説明し、すぐ迎えに来てもらう。その間、15分~20分くらい。
会社にも入院になりそうな旨を電話するが、なんせ呂律がまわらない。
チームの人もあせったほどの重病人のようだ。
■14時前
夫の迎えで、車で10分ほどの病院に行き、その時点で話が伝わってるらしく
総合病院なのに1時間とか待つことなくすんなりと、診察まで行けた
さっきの個人医院のデータと問診から、小脳梗塞と診断され、再び検査
血液から、採尿、心電図、MRIとひととおり。血圧159の96。
こちらの病院はMRIとMRAをとるようで、時間が長く40分間も工事現場の中のようだった
■17時すぎ?(定かでない)
この病院に来た時点で、病名から入院が確約されてたようで
検査時点から入院準備も着々とされてたよう。検査が終わったらすぐ
入院病棟に案内され、先生に相談する間もなく、入院する事に。
ひととおり入院説明を受け、着替えた頃にはすでに夕食の準備が。
その間に点滴を打たれ、いよいよ入院の覚悟を決めた。
20120911夕飯
■18時すぎ
来てそうそうの病院食。血圧が高かったので塩分少なめの通常食
この間に、夫には一旦家に帰ってもらって必要なものを取りにきてもらう

■20時少し前
ここの病院の面会時間は夜の8時まで。9時にはきっかり消灯される。夫は面会時間になんとか間に合い、入院の際に案内された準備品をひととおり持ってきた。まあ、これが役にたったかは後ほど。

お分かりのように、わたしは一度も意識を失ってないし、最初から入院する気もなく、この時点でもまだ「小脳梗塞」をよく知らず症状が収まれば帰してもらえるんじゃ?と淡い期待を持っていた。

こうやって慌ただしく入院一日目はすぎていきました。

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